亡國的精神論
産経新聞の「昔はよかった病」は異常。今日の紙面では江戸時代の大関雷電を引き合いに朝青龍を批判しておりましたが、雷電が横綱になっていない理由は「取組で相手を殺した(という伝聞)」以外に諸説ありますし、「素行に問題あると分かっていながら」「相撲人気と売上に目が眩んで判断を誤って」「事が起きても推挙した人間が誰も責任を取らない(内舘氏は昇進反対だった)」協会と横審に全く触れないのはどうかと思います。
素行に問題がある大関を横綱にしないルールが整備されているのだから、批判されるべきは「ルールを運用する側のミス」でしょうよ。個人のモラル(や精神)に問題をすりかえて、根本的な部分を無視するのはわざとなんでしょうか。
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コメント
なんちゅうか力なき正義は負け犬の遠吠え!
朝青龍に文句があるなら、相撲協会が品行方正で朝集流を倒せるような力士を育成すればいいじゃないですか!
それが出来ない無能が雁首揃えてるから朝集流がやりたい放題やるのでは?
ま~それだけ昔はよかったと思うくらいに今の世が狂っているのか?
はたまた過去に現実逃避するほど人が弱くなったのか?
投稿: ポニ萌え | 2010年2月 6日 (土) 09時22分
つまるところ、技や体の鍛練と心の鍛練は別物と考えるべきなのでしょうね。
「昔はよかった」論者に、昔のよかった点を具体的に挙げてもらったり、よかったものを残してこなかったのは誰かとか、いいものが残らなかったのはなぜかとか聞くと愉快な返事をしそうです。
投稿: カワタカ | 2010年2月 6日 (土) 20時12分